タイタニックのクルーたち
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◆ウィリアム・マクマスター・マードック一等航海士◆
(First Officer William McMster Murdoch)
”Good Bye, Good Luck!”
マードック航海士は、氷山衝突時の、ブリッジの当直で船の運航の責任者であった。 氷山発見後マードックは、直ちに舵を左舷に向かってきるよう命じ(Hard a'starboard)、すぐさまエンジンルームへ伝令機で「機関停止」(Stop)続いて「全速後退」(Full speed astern)を命じた。37秒後・・・ 一瞬、船は氷山を回避出来たかのようであった。
きしみ、揺れ、振動、ひびき・・・ マードックは氷山を迂回する為舵を右舷に向かってきるよう命じ(Hard a'port)、同時に防水隔壁ドアを閉める為に警報ベルを鳴らした後、ドアを閉めた。スミス船長がブリッジに駆けつけた。
スミス船長「何にぶつかったんだ?」
マードック「氷山です、船長。面舵を命じ、全速後退にして、迂回する為に取り舵を命じましたが、 あまりにも近すぎました(she was too close.)。それ以上のことは何もできなかったのです
後の研究により、あと約15秒から30秒早く氷山を発見できていれば、確実に氷山を回避できたことが判明。
彼の「あまりにも近すぎた・・」という言葉が、「もしも見張りに双眼鏡があったら・・」という言葉とともに、タイタニックの悲劇を際立たせている。救命ボートでの避難誘導の時には、船の右舷側(Starboard side)を監督。
彼は、「女性と子供が優先、但し、他にいなければ、男性も乗ってよい」という柔軟な考えを持っていた。
救命ボートの着水も、左舷側より早いペースで進められた。
救助された人々の55パーセントが、右舷側から出されたボートに乗っていた。
船の沈没と共に死亡。享年39歳。
構成:1.1873年〜1900年:生い立ち〜航海へ
:2.1900年〜1907年:ホワイト・ライン・スター社〜上級航海士
:3.1907年〜1912年:結婚、最新船での経験、そしてタイタニックへ…
特集:マードックの家
特集:マードックの手紙
特集:マードックの遺品
[写真;右マードック、中央ライトラー、クイーンズランド出港時、舷門にて (1912,4,11)
[註]この写真を右ライトラー、中央ボックスホールとする研究者もいる]
生年月日 1873年2月28日生まれ 事故当時 39歳 死亡 出身 スコットランド Dalbeattie 給与 17.10.00ポンド/月 資格 英国海軍予備役 大尉
(Lieutenant,Royal Naval Reserve )
履歴 1896年 Extre Master's Certificate (特別船長資格)取得
(No.025780、リバプール)1899年 Iquique 1900年 Medic
(W.S.L;二等航海士;リバプール〜オーストラリア間)1901年〜1903年 Runic
(W.S.L;二等航海士;リバプール〜オーストラリア間)1903年 Arebic
(W.S.L;二等航海士;リバプール〜ニューヨーク間)1904年 Celtic & Germanic
(W.S.L;二等航海士;リバプール〜ニューヨーク間)1905年〜1906年 Oceanic & Cedric
(W.S.L;二等航海士;リバプール〜ニューヨーク間)1907年9月2日 エイダと結婚
(Ada Florence Banks;ニュージーランド出身;教師)1907年〜1911年 Adriatic
(W.S.L;一等航海士;リバプール〜ニューヨーク間)1911年 Olympic
(W.S.L;一等航海士;リバプール〜ニューヨーク間)1912年 Titanic
(W.S.L;一等航海士;リバプール〜ニューヨーク間)
4月15日没 享年39歳[略:W.S.L=ホワイト・スター・ライン社]
救命ボート5号の着水準備が整った。マードック一等航海士はピットマン三等航海士に言った。
「君がこのボートに乗って、監督を。舷門のあたりで待機してくれ。」
そして2人の航海士は握手を交わした。
「さようなら。幸運を祈る。(Good Bye, Good Luck!)」
ピットマン三等航海士は、この時、本当に船が沈むとは思っていなかった。
けれども、マードックの最後の言葉が、突然彼の心に強く焼き付いたのだった・・・
(1912年4月23日 アメリカの査問会 ピットマンの証言より )
Photo credits
; Susanne Stormer"Good-Bye, Good Luck";<参考文献>
Written by Chie OGATA