「タイタニックのクルーたち(chie's Titanic Officers)」豪華客船タイタニック(Titanic)の歴史、史実、乗組員、クルー、航海士(特にマードック航海士)機関士・設計士・通信士を紹介。自殺の謎、映画の中の航海士、コレクションなど。by智恵-ちえ-
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◆ William's Letter From Titanic ◆
(マードック航海士の手紙)

 

これはウィリアム・マードック一等航海士が1912年4月11日、
タイタニック出航後に両親に宛てた手紙です。

(本物を所持しているわけではありません;^^;;;)

ホワイト・スター・ライン社ロゴ入りの便箋に、横にまっすぐなラインで(註)、

当時のインクペンを使ってラニング・ライティングで書かれています。

とても美しい字です。

この美しく几帳面な文字から、
勤勉でまじめな努力家だった彼の一面がうかがえます。

(又、この直前の8日には妹ペギーにも手紙を書いています。
筆まめな彼ですね。)

 

 

「Letter From The Titanic」(Postal Museum発行カタログ)より

クリックすると拡大します

 

 

 

〜「航海士―マードック航海士」「マードックの生涯3」コーナーより抜粋〜

就航直前の4月8日、マードックは妹のペグに宛てて手紙を出しています。
「・・・私は出港日までは航海士長だが、そのあと一等航海士に戻る。これがあんまり長くなければ良いんだが。事務局長がリバプールからやってきて、(異動の説明をして)、ワイルドが(オリンピックに)戻った後再び私が航海士長になると約束をしてくれた。・・」

そして火夫達がストライキをおこして石炭の積み込み等の乗船準備が大変だった事、ペグの旅行(この時期はイースター:復活祭の休暇中)の事、ちょうどその日妻のエイダが船内見学にやってきた事、そして最後は両親(特に病気療養中の母親に)や兄弟に対する暖かい気遣いで締めくくられています。

乗船準備が完了し、タイタニックは4月10日いよいよサウサンプトンを出港し、フランスのシェルブーンに寄港します。

4月11日、クイーンズタウンに寄港する直前、マードックは今度は両親に宛てて手紙を書いています。サウサンプトンでタイタニックが、米国定期船ニューヨーク及び自社のオーシャニックと危うく接触しかかった出来事、エイダとの別れ、ストライキの影響、そして両親の健康に対する丁重な心遣いで締めくくられています。仕事に関する気遣いから身の回りの出来事まで、さまざまな話題に触れた彼の手紙からは、彼が非常に有能な航海士であったこと、同時に彼がとても愛情深い家族想いの人物で、筆まめであったことがうかがえます。



 

〜画像の利用および転載の一切を禁ずる〜


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